研修医に対して卒直後より6カ月間施行した心電図実習の成果

伊賀幹二、石丸裕康、八田和大、西村 理、今中孝信、楠川禮造

天理よろづ相談所病院 総合診療教育部

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キーワード;心電図実習、卒前卒後教育

Kanji Iga, Hiroyasu Ishimaru, Kazuhiro Hatta, Satoshi Nishimura, Takanobu Imanaka and Reizo Kusukawa: Department of comprehensive medical care and education

抄録

1996年度に本院に採用された初期臨床研修医11名に対し採用直後より6カ月間の心電図実習を行い、その成果について卒直後の心電図判読テスト結果と比較・検討した.研修医は、採用直後では1カ所のみ異常がみられた典型的な心電図を時間をかけて判読すると極めて高い正解率を示したが、1枚の心電図に複数の異常をもつ例や、正常例を混在させ短時間で判読させると、採用直後に正解だったものまで間違うことが多かった.心電図実習6カ月後の自己および指導医の評価では、順序立てて判読する習慣をつけること、基本的な心電図を判読することは可能となったが、心電図から基礎心疾患を論じるにはまだ不十分であった.

Efficacy of ECG conferences continuing for 6 months for the 1st-year medical trainees--in comparison with ECG achievement tests just after the graduation.

Summary

We have had ECG conferences for the 1st-year medical trainees once a week continuing for 6 months just after their graduation. All ECGs were taken in a conductor's outpatients clinic where their clinical information were available. We performed ECG achievement tests before and after 6 months' ECG conferences. Just after graduation, they made a diagnosis of typical ECG if there was only one abnormality in one ECG tracing and was enough time to read. However, they sometimes missed the diagnosis for the same ECGs if there were many ECGs and limited time to read. They became to describe ECG findings step by step 6 months after starting this conferences, but they still could not discuss the possible underlying cardiac diseases through the ECGs.

はじめに

心電図はどのような小さな病院、医院でも施行可能な簡便な検査である.胸部x線とあわせて心臓疾患のスクリーニング検査として用いられている.そのため、基本的な心電図の判読力は一般内科医はいうにおよばずすべての医師に要求され、これは厚生省の初期治療研修到達目標としても定められている.

我々は、初期臨床研修医(以下、研修医)11名に対して卒直後に心電図判読テストを実施し、その後6カ月間の心電図実習を行った.本論文の目的は、この実習経験と研修医が卒前にうけた心電図教育に対するアンケート調査より、卒前・卒後のあるべき心電図教育について一つの提案をすることである.

方法

1996年度採用の研修医11名(出身大学;8大学)全員を対象とし以下のことを行った.

1)医師国家試験合格直後における、心電図の判読力を評価するため、日常よく遭遇する9枚の異常心電図を選択し、1.心電図所見、2.心電図診断、3.心電図から考えられる心臓疾患を記載させた.心電図診断の内訳は、完全左脚ブロック、完全右脚ブロック、心房粗動時の右心室ペーシング、虚血性のST部分およびT波の変化、肥大型心筋症による著明な左室肥大、陳旧性前壁中隔心筋梗塞、陳旧性下壁心筋梗塞、WPW症候群、心房細動であった.1枚の心電図には一つの異常のある症例のみを選択した.

2)卒後1年目、2年目の研修医を対象として週1回、著者である指導医(内科専門医、循環器専門医)の外来でとられた約20枚の心電図を指導医とともに判読する心電図実習を施行した.実習は、すべての心電図をP波から順序よく判読し、1.心電図所見、2.心電図診断、3.心電図から考えられる心臓疾患をのべ、4.指導医よりこの患者の臨床情報を提供された後さらにデスカッションするという形ですすめられた.実習の前半3ヶ月は、所見を落とさないように、時間制限を設けなかったが、後半の3ヶ月は、1枚の心電図を30秒以内で判読させた.

指導医は実習中の各研修医の心電図の判読結果と、実習後6ヶ月後に施行した心電図判読テストから、また研修医は卒前と実習6ヶ月後に行った自己評価表からこの実習の成果を評価した.同時に、研修医が卒前に受けた心電図教育に対するアンケート調査を行った(表1).

結果

卒直後と同じ臨床能力をもつと考えられる本院採用時に施行した心電図判読テストでは、正解率は完全左脚ブロック73%、完全右脚ブロック100%、心房粗動の心室ペーシング91%、虚血性ST T変化27%、肥大型心筋症による著明な左室肥大45%、前壁中隔心筋梗塞91%、下壁心筋梗塞64%、WPW症候群100%、心房細動82%であった.

心電図実習は1回の参加人数は5人までと限定し、6カ月で26回施行し、各研修医の参加回数は平均6.9回であった.判読した心電図は合計474枚、うち正常は143枚であった.要した時間は、1回につき約40分であったので、研修医一人平均約5時間であった.心電図実習において高頻度にみられ、全員が1度は判読したと思われる以下の心電図に対する研修医の正解率は、心房細動36%、陳旧性前壁中隔梗塞55%、陳旧性後壁梗塞36%、陳旧性下壁梗塞73%、左脚ブロック73%、右脚ブロック55%WPW症候群64%であった.一部の研修医は、上記の診断を2回以上間違うこともあった.

指導医のコメントは以下のごとくであった.1)当初、胸部誘導のV1-V3において正常範囲と思われるST部分の上昇を異常と判読していたが、正常例を多く経験するに従いそれを異常心電図と判読しないようになった.2)1枚の心電図に複数の異常がみられる時、研修医はいずれか一方だけを診断することが多かった.例えば、心房性不整脈と典型的な下壁心筋梗塞例では、心房性不整脈が頻回に出現していれば、同時に存在する下壁梗塞を判読できなかった.3)ほとんどの研修医は、卒直後では、心電図から可能性のある基礎心疾患を考える習慣はなかった.

研修医の実習6ヶ月後の自己評価は指導医による評価とよく一致していた.研修医の自己評価として、「P波のリズム診断から始まり、順序よく読む習慣ができているか」の設問には、実習前では8名が「自信なし」であったが、6ヶ月後には、「自信がある」1名、「ほぼできる」6名、「何とかできる」4名と、「自信なし」の研修医はなくなった.「今回の卒後テストのごとき簡単な異常心電図を判読できるか」との設問では、実習前では9名が「自信なし」で2名が「ほぼできる」であったが、6ヶ月後では「ほぼできる」6名、「何とかできる」5名となった.「心電図から基礎心疾患を考える習慣ができているか」という設問には、実習前では全例が「自信なし」であり、実習6ヶ月後にも関わらずなお3名が「自信なし」であった(図1).卒前心電図教育において「12誘導心電図をみて総合的に判読する機会」、「正常例も含めた多くの心電図をみる機会」があったと答えた研修医はなかった.また、「指導医に異常所見以外も指摘された」が2名、「順序立てて判読する研修はうけた」は5名にすぎなかった(表1).

この実習に対して、研修医から「順序立てた心電図所見の勉強は有意義であった」、「心電図の正常範囲が理解できたことがよかった」、「心電図診断にフィードバックをかけるべき患者の臨床情報を教えてもらったことが興味をひいた」との感想がみられたが、6カ月という期間が基本的心電図判読能力達成に十分かということについては、各研修医が平均7回しか出席できていないので評価はできないという意見が多くみられた.

考按

今回実施した卒直後の心電図テスト結果より、典型的な異常を有する心電図の判読は、卒直後に時間をかければ、正解率は平均76%と極めて高値を示した.しかし、その後の実習において卒直後には正解とした心電図を、その心電図が正常か異常か未知である多くの心電図に含まれ、短時間での判読を強いると、正解率は心房細動例82%から36%へ、WPW症候群では100%から64%、陳旧性前壁中隔梗塞では91%から55%、右脚ブロックでは100%から55%へと、採用直後より低い正解率を示した.この原因は、1つには卒前教育では、国家試験前であるため、ただ1つの異常があること前提とする心電図を判読していたため、正解率が極めて高率であったと思われた.このような研修では、正常か異常か未知のものの中から異常を発見することや、1枚の心電図に複数の異常所見が見られる場合は判読が困難であったと解釈できる.また、卒直後のテストでは判読に時間制限がなかったが、この実習では、短時間で判読を求められたのもその原因の一つであったと考えられる.また、研修医の出身大学は8大学に及んだが、そのほとんどの大学で卒前の心電図実習として、異常所見の講義はあるが、順序立てて判読することを教えられていた研修医は少なかった.

今回の実習では、研修医1人平均約130枚の心電図判読実習を施行したにも関わらずまだ診断に自信ができないということから、目標とされる心電図の判読能力を獲得するにはもっと多く心電図を読む経験が必要であることが判明した.研修医は、この実習により心電図の正常範囲が理解ができるようになり、順序立てた心電図の読み方を習得したとした.又、これらの症例の臨床情報を教えられたことにより興味をもって研修できたと評価した.

近年、心電図以外の心臓の検査法の発達により心電図所見は軽んじられる傾向がある.確かに心電図単独では限界があるが、病歴や身体所見と組み合わせることにより心臓疾患の診断に多大な威力を発揮する(1).著者らが研修医に期待したのはこのことであったが、初期の6カ月の研修では達成できなかった.しかし、順序立てて判読する習慣をつけること、基本的な心電図を判読することは可能となった.

卒前の心電図教育として、異常心電図以外に正常例も含め多くの心電図をみる機会を与えること、および異常所見を1つ見つけるのではなく順序だてて判読する習慣をつけることが大切である.しかし、卒前教育のみでは望ましい心電図判読能力レベルに到達することは不可能であるため、卒後研修の2年間に継続して適切な指導者のもとで心電図判読実習を行うことが必要であると考える.

 

文献

1. 伊賀幹二 、小西孝:診察から診断に至るために必要な一般的検査の選択とその思考過程.救急医学 19504-5071995

図説明

表1:学生時代の心電図実習に対するアンケート調査

図1:卒直後と6ヶ月の実習後における研修医の自己評価